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レガシィ BF3

2015年4月18日 (土)

それでもA型が好き。

娘の血液型はA型でカミsanとも自分とも違う。しかし母も義母もA型で、自分の父方の祖母もA型だった。

…出だしから血液型の話になってしまったが、書きたかったことは、LEVORGのB型が発表となったので、自分の愛車を振り返ってみたら、アプライドAの車ばかり乗ってきたということだ。

世界記録達成直後のBF3-A型で初、新車購入~♪7年後に乗り換えた250Tは、BG5から一年後に登場したBG9の更に1年後なのでBG9-C型だったが、その6年後に乗り換えたSG5は、デビューして半年後のA型、その6年半後に乗り換えたSH5も、デビュー3ヵ月後のA型、そして今回のVM4もA型だ。車検ギリギリまで乗る、ネガな面が解消された後期型に乗る、と言うよりも、自分はやはり鮮度や話題性、新しいテクノロジーとかで、どうしてもA型を選ぶ機会が多かった。

今回年次改良されたレヴォーグVM4アプライドBモデルでは、安全&快適装備がさらに加わった。詳細は本家HPニュース等に譲るが、個人的にはGT-Sプラウドエディションが気になる。Fブレーキが16インチという点を除けば、タイヤは17インチだしUVカットガラス等は不要だし、ディスク&キャリパーを交換すれば理想のパッケージングだ。ただし、後方や助手席前の死角に対する安全確保デバイスがどうしても欲しいか?と言うと微妙。乗り心地をスポイルしてまで18インチのグリップを使い切るほどの走りは行わないが、まさかのとき、履いているタイヤに掛けるストッピングパワーの余裕度として、17インチブレーキは欲しい。なので、今回の改良内容については、心穏やかだ。2015lev027mでは、歴代の愛車でイチバン悔しかったのは何かというと、ズバリ初代レガシィBF3-Aだ。グレードが下から2番目だったこともあるが、半年後にGT(ターボ)系の追加、ハイマウントストップランプはB型から標準、ABSが1.8Tiでも選択可能になったり後席3点式シートベルトが標準になったのはC型から、またルーフレールもC型限定車のTi-TypeSから標準となったのは嫉妬の対象で、内装をはがし屋根に穴を開けてルーフレールを取り付け、改造申請まで行ったりしたのが昨日の事のようだ(ABSだけはどうにもならなかったが、後席ベルトも後日、3点式に交換)。

その他にもBG9-Dではビル足&スポーティシートが追加になったりSGでもB型から2.5ターボSTiが追加になったり、最初の新車購入のレガシィ以来、度重なる経験から、スバルの年次改良に対する嫉妬のアレルギー耐性はかなり高まっている(笑)。今回も発表後すぐではなく半年以上おいてのA型購入であり、大きなトラブルはなく初期不具合はFIXされていると考える。

今後もC型以降、商品性を上げるポイントを展開してくれると思うが、「先に乗った者勝ち」ということで走行距離をどんどん引き離してゆこうと思う。

2009年4月14日 (火)

オレのBF3A、掲載感謝!

先週末に気付いたのだが、今月はじめ、SUBARUオフィシャルブログ内のLEGACY20th物語Vol.1内に、以前投稿したマイカーの写真が採用されていたっ!ウレシイと共にチョット恐縮している。(追記↑2015年4月以降閉鎖されました)この写真のレガシィはルーフレール追加とアルミホイールやラジエターグリルが変更されている。先月のお彼岸に帰省した際に懐かしい写真をいくつか持ち帰ってきたので、今回はその中からお礼を兼ねて紹介しようと思う。一枚目は納車直後のもの。Bf3_007_2 初代レガシィワゴン1.8L系(BF3A)はルーフレールなしが標準だった。 レオーネでは後席からキックアップする段付きルーフだったが、レガシィは初代からルーフ先端からの段付けにより、座高の高いオレでも、運転席ヘッドクリアランスが充分確保できるようになった。ルーフレールなし用の純正スキーキャリアがお分かりになるだろうか?また、BF系はABSと後席3点式シートベルトのオプション選択はなく、安全装備の選択肢は全車に展開して欲しいと納車半年後に来たユーザーアンケートに書いた気がする。BF3CあたりからABSは選択できるようになったと思う。

Bf3_003 カタログ仕様のまんま1.8Ti、スチールホイルにフルホイールキャップが標準だ。タイヤサイズは175/70R14…ちなみに今、ウチのステラは155/65R14が標準だから、隔絶の感があるっ!

○ルーフレールは改造申請
ツーリングワゴンのルーフレールは、当時ステイタスで憧れだった。前期形初期はVZ、GTのサンルーフなし車みの設定だったが、2年後にはTZも、3年目には1.8Lの特別仕様車1.8TiタイプSが限定発売され、それにはルーフレールが付いておりABSも選択できたと思う。1回目の車検を終えたあたりで、なんとかコイツをつけられないものかとディーラーのサービスに行きパーツリストとにらめっこ。結果、ルーフレールだけ注文したのではダメで、サイドレールからルーフレールへネジ止めで取り付ける板金補強部品も必要だった。問題はこの補強部品を取り付けるためのナットが自分のレガシィについているかで、自ら内装を剥がし、それっぽい位置にナットが溶接されていたので、リスク覚悟で注文してDIYした。ルーフに穴を開ける際の位置決めと、ドリルで開口する際には、かなり緊張した。結果は写真の通りうまく行き、ルーフレール専用キャリアにチェンジして運用していた。ところが2回目の車検時にこのクルマやレールを買ったディーラーからは改造されているので当社での車検は受け付けられないと断られてしまった。期限切れまで2週間と迫っており困っていると、今お付き合いしている個人経営の修理工場(スバルも取り扱っている)で、車検と一緒なら改造申請も行ってくれるということで、お願いした。手数料は車検費+3万円くらいだった。なんでも車検記載値±10mmは誤差範囲で、それを超えると構造変更の申請が必要とのこと。ルーフレールを付けると+25mm高でアウトだった。許容される車高範囲も、たぶん今よりも厳しい基準だったんじゃないかな?。この辺り15年以上前のことなので記憶があいまいだが、車検証には型式名の右に改の文字が入っていたような気がする。現在は改造範囲等かなり緩和されていると思うが、ルーフレールなしのフラットルーフのステーションワゴンや、SHフォレスターのようにレールの有無を選択できる車種も増えているから、こんなバカなことする奴はもういないだろう。

Bf3_008m 15インチアルミを入手した時点で14インチはスタッドレス仕様として利用していたが、15インチ仕様の写真は見つからなかった(何枚か撮ったはずなのだが…泣)。

○ラジエターグリルを交換したワケ
ラジエターグリルはGT系のメッキ処理ものを新品購入し、取り替えただけ。実はスキーに行く途中凍結路カーブで自爆して電柱にキスしてしまい、打ち所が悪く、バンパーどころか、ラジエターまでパーにしてしまった。修理の際にコッチを注文したので、ケガの功名だ?相手がいなくて良かったけど、スタッドレス装着でも、このような自体が予測できたからABSは欲しかったのだが…(号泣)。

○そしてアルミホイールは…
アルシオーネVX(2.7L)純正の中古品を、口コミで教わったG馬県O田市の解体屋まで出向いて購入した。VX(2.7L)自体もそうだが、当時はP.C.D.100の5HOLEなんてハブを採用しているクルマ自体が殆どなかったワケで、いまでは当たり前となり、SUBARUは先見の明アリといったトコロか?値引きは一切なしだったが1本おまけして5本譲ってもらったが、なぜに5本所有していたのか、今となってはナゾのままだ。その店は国産の殆どのメーカーを解体していたが、スバル車のスクラップやパーツ在庫が比較的多かったのは、地元で沢山走っているからか?その後もこのお店へはGT、RS系の15インチホイルやVZ純正のオーディオをなどを買いに行ったことがある。初代レガシィのパーツ入手以来行くことはなくなってしまったが、某解体屋のガンコものの眼鏡のおっちゃん、今でも元気なのかナ?

中古レオーネ(AJ5)からの乗り換えで、エンジンのスムーズさと高速走行時の安定性、ハンドリングの楽しさを教えてくれた名車だった。

2009年1月13日 (火)

レガシィ20周年!

昨日は成人式だったので…

日本に、いや世界にレガシィが誕生して20周年だ。
世界中にハイパワー&高速4WD乗用車を普及させた、最も功績ある車種だと思う。その前にアウディクアトロとかもあったのだが、販売台数的にはレガシィのほうが上なんじゃないかな…調べたことはないのだけど(汗)。

出走した三台が、揃って10万キロ世界速度記録更新という実績をひっさげて、WRCではRSがギャランやセリカと争っていたっけ。

Bf3a01m  写真は平成元年2月登録のレガシィ1.8Ti(BF3A)で、初めて新車購入した車輌だ。MT仕様なのでビスカスセンターデフのフルタイム4WD。
スキーやキャンプ、ロングドライブにと7年弱で12万キロ走破し、マイカーの中で、時間も距離も、最も長く愛用したクルマだった。

レガシィコンセプトもリリースされたことでもあり、これからもスバルの、いやレガシィ自身の培ってきた遺産を、次世代のレガシィに伝承して欲しいとおもう。

2008年6月12日 (木)

10万km速度記録!

二ヶ月ほど前、富士重工が軽から撤退するニュースを聞いたときにスバルに対する個人的な想いが噴出して、ネットでスバル関連の記事を読んでいるうちに、いくつかの通販サイトでミニカーを発見し、衝動購入してしまったウチの一つだ。まぁ、レガシィは軽ではなかったのだが…(恥)。ミニカー収集の趣味はなく、倅が保育園時代に、よく買ってあげた程度だ(しかもスバル車のみ)。普通の初代レガシィ(BC5)のミニカーなら購入しなかったのだが、世界速度記録車ともあって、つい購入してしまった。なぜ今この記録車を商品化したのかは少々謎ではあるのだが…?よっぽど93年におけるインプレッサにスイッチする直前のレガシィ最終年度にしてマクレー初優勝のニュージーランドラリー車の方が有名であるとは思うのだが、タバコスポンサーのカラーリングでは、今のご時世ではムズカシイのかナ…?

10s*アリゾナのバンクを疾走するイメージで撮影してみた(笑)*

89年の年明けだったと思う。その日の朝、いつも通りNHKニュースを何気なく見ていたら、「アメリカで、日本の自動車メーカーが大変な記録に挑戦しています…」と言うニュースが目に飛び込んできた。それが、すべての部品を1から新製した、このクルマだった。4WDセダンではあるが市販車なのか、レースカーなのか解らなかったのだが、空撮のニュース映像でもSUBARUのロゴは、はっきりと映っていたので、予てから自動車雑誌でウワサされていたレオーネ系のフルモデルチェンジであることは理解できた。当時は、一部のアウトドアやスキーヤーの方たちにツーリングワゴンの熱狂的なファンはいたが、毎年サファリに参加するラリーベース4WDセダンというイメージの方が強かったと思う。車体も、まず全世界で通用する国際戦略FFセダンを目標に開発されたと、当時の「レガシィのすべて」に記述されている。セダンをしっかり作りこめば、ワゴンの性能はおのずと付いてくると思うし、当時バブルのイケイケ状態だった事もあり、このRSでWRCのアジア、オセアニアのみのローカル参戦から、全戦フル参戦を狙っていたので、セダンの車両開発には相当力を入れていたのだと思う。10万キロの速度達成にはおよそ20日間かかるとのことで、その後、同じ時間帯のNHKニュースで記録達成のニュースを聞くこととなった(挑戦中も何度かNHKニュースが取り上げてくれていたと思うし、どこの放送局か忘れたが、たしかこの記録のTV特番も放映していたと思う)。この記録達成とほぼ同時に、新型車が「レガシィ」という名と共に発表され、当時国内2L最強のRS(220馬力)を引っさげて翌2月に発売したと記憶している。ちなみにレガシィデビューまでは、やはりWRCベース車のギャランVR-4の205馬力が国内最強だったと思う。

参考リンク

○本家スバルのサイト 挑戦への軌跡
ゴールは10万kmの彼方に

○スバルオフィシャルブログ 
六連星の申し子たち 第15回

○トミーテックのサイト
Vol.1 2号車、3号車  
Vol.2 1号車、5号車

p.s.「レガシィを超えるのはレガシィ」なんてコピーで、この記録に再チャレンジして欲しいと、レガシィがフルモデルチェンジする度に思っていたのだが、世界記録チャレンジ規模がどんどんセコくなってゆき、この記録も2005年にメルセデスベンツE320CDIに破られてしまい、とても残念だ。