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2008年12月

2008年12月30日 (火)

雪を求めて

純正装着のジオランダーの実力確認のため、一昨日の午前中半日を費やしてドライブ。SG5の時も純正のジオランダーで2シーズンはスキーにも使ったが、本格的な山間部の積雪時の走行は経験していなかった。 利根川を越えて上武道路(国道17号)を北上するも、天気予報では寒波が来ており、中腹あたりから怪しい雲行き。Akagi01s早朝の赤城山、噴火じゃないよ↑

往路のアプローチは旧有料道路からと決めていたが、赤城の大鳥居を過ぎた頃から粉雪がちらつき始め、旧料金所を過ぎて数分走ると、路面が白くなってきた。ハザードを出しつつテールを振って上ってゆく、どう見てもノーマルタイヤらしきエスティマを見通しの良い直線路で慎重にパスし、途中のチェーン装着場所で何台かチェーンの調整を行っているクルマを横目で見つつ上ってゆく。登りはアクセルを戻せばスピードが落ちるので、止まりさえしなければ心配はない。急斜面での坂道発進ではスリップのおそれがあるので、注意が必要だ。案の定2速発進でもアクセルワークとクラッチ操作がうまく行かずVDCが作動した。全体的な路面状況としては圧雪が6割、凍結が4割といったトコロだ。 Akagi03sk 見晴台では横殴りの雪で早々に退散。フォグやテールのランプが無かったら、白黒写真かと見間違えるような、辺り一面グレーワールドだった。その後小沼まで上ってゆくが、深雪部登りの坂道発進でも4輪すべてが滑った時点でVDCが作動した。赤城神社方面への南面ルートは雪のため通行止めの標識が…。もちろんその標識が出ていなくとも急勾配+道幅が狭いためこんな天気では行くつもりはなかったのだが。沼田市へ抜ける北面ルートもこの天候と路面状況では行かない方が無難と思い断念し、来た道を戻る。途中エネルギー資料館は閉鎖中だったので、向かいの地点で一枚撮影。Akagi02s このオレンジの看板って、分かる人には、ワカル?DHスタート地点シリーズ第二弾だっ!下りは慎重に、二速のエンブレを使いながらゆっくりと下る。急坂で更なる減速が必要な場合は、ポンピングブレーキ+一速のエンブレも併用した。このあたりがフットブレーキしか頼れないAT車とは異なるメリットだ。ABSに頼らず、ポンピングによる充分な減速とエンブレ併用が基本だ。このタイヤ、圧雪路ではまずまずの性能だったが、雪の少ない凍結路ではかなり滑った。ABSに助けられること2回、道路標識の速度以下(時には半分くらい)でゆっくり下ってゆく。登りも下りも対向車は地元の方らしきクルマばかりで、なぜかエクストレイルが多かった。スバル車は地元車らしきB4ターボが登坂時に後ろから追い上げてきたので、チェーン作業場に待避し道を譲った。

純正オールシーズンの感想は、平野部における年に数回の積雪程度なら、市街地日陰の凍結部さえ注意すれば、慎重な運転操作で十分対応できると思う。今回のドライブで、山間地でも凍結路以外では充分だと思うが、凍結路面では、かなり速度を落とすことが必要だと感じた。特に夜間や早朝の下り坂は注意が必要だ。例えば泊まりでスキーに行き、一晩経ったら路面がガチガチに凍っていた朝と言うようなシチュエーションでは使いたくないと思った。まぁ、日帰りファミリースキーが主なので、実際の運用は晴れた日に広い道の圧雪路をゆっくりと進むことになると思う。帰りも路面の凍らないうちに山間部を抜けて帰路につくことになると思うので、様子を見ながら利用してみよう。

2008年12月16日 (火)

SUBARUがWRC撤退

というニュースを、今ネットで読んで知った!

ワークスとしての活動は終了とのことだ。サブプライムローンに端を発した米国金融危機が引き金となって全世界の経済に翳りが生じ、自動車業界が影響を受け、ホンダのF1撤退、昨日のスズキWRC休止に続き、いよいよスバルもか…といったところだ。縮小どころではない、「終了」宣言には、正直ショックを隠せない。

グループB華やかりし時代、スバルは元々市販車ベースでサファリラリーにスポット参戦でチャレンジを続け、本気で勝利を掴むために初代レガシィRSを開発、グループA全戦参加に踏み切った。平成の世に経営危機の大赤字に転落した時でさえWRCの灯を消すことはなく、むしろ「ラリーフィールドがクルマを育てる」をモットーに、新開発のインプレッサを送り込んできた。オレもF1というドリームの世界より、地味だけど実車開発へのフィードバックが現実的なWRC(特にグループNクラス、いまならPCWRC)が大好きだった。古くは小関のオヤブンから始まり、清水和夫、高岡祥郎、アフリカ大陸のPジル、オセアニアのPボーン等、数え上げたらキリがない。

Wrc1s 今期の新型インプレッサWRCには言いたいことは多々あったのだが、来期からの活動がなければ苦言にもならない。GroupNや、P-WRCプライベーターへのラリーカー供給は続けると言うことなので、新井敏広さん達の活動には影響なさそうで、その面ではホッとしているのだが、景気が回復した暁には、ぜひとも六連星を大きく輝かせたWRブルーのワークスカーで返り咲いて欲しいと思う。(写真はファンファンフェスティバルで展示された新井選手の車両)

p.s.実家の家族(祖母が百歳越えにて永眠)の忌中につき、ブログ掲載を控えていました。先週の日曜日に忌が開けたのでブログを再開しようと思った矢先の、残念な出来事でした。

スバルのグループAカーに対する想いについては、気持ちが落ち着いてからUPしようと思っています。

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